京都旅行の最終日。
手元にある旅のしおりには、完璧なタイムスケジュールが書き込まれていました。
最後を締めくくるのは、京都のシンボルとも言える「東寺」の五重塔。
しかし、結果的に私はその門をくぐることなく、京都駅の喧騒の中でお土産を選び、新幹線に乗り込みました。
なぜ、私はあえて「東寺」へ行くのをやめたのか。
そこには、詰め込みすぎた旅の反省と、最終日にしか味わえない「決断」の物語がありました。
疲れたら休む。それが旅を最後まで楽しむコツなのかもしれません。

朝8時、この日は醍醐寺から始まった

旅の最終日は、朝8時にホテルをチェックアウトすることから始まりました。
重い荷物を駅の預かり所に預け、身軽になった体で向かったのは山科に位置する醍醐寺です。
豊臣秀吉が「醍醐の花見」を行った場所として知られるこの寺院は、とにかく広大。
朝一番の空気は澄み渡り、12月の色のない世界に佇む五重塔は圧巻の一言。
約1時間の観光でしたが、三宝院の美しい庭園を眺め、弁天池のどこか懐かしい風景に心は洗われるようでした。
しかし、この時すでに「終わりの始まり」は予感されていました。
醍醐寺の広大な敷地を歩き回ることは、想像以上に足腰へ負担をかけていたのです。
東本願寺の巨大な屋根と、忍び寄る疲労

醍醐寺を後にし、地下鉄を乗り継いで向かったのは東本願寺です。
京都駅からほど近いこの場所で私を待っていたのは、世界最大級の木造建築である御影堂。
その圧倒的なスケール感に圧倒されつつも、私の歩幅は朝よりも確実に狭くなっていました。
「少し疲れたけど、次はランチだからちょっと休憩しよう」
自分に言い聞かせながら、京都の街を歩きます。
選んだのは、地元の食材を使った優しい味の京ランチ。
温かい出汁が体に染み渡り、一時は体力が回復したかのように思えました。
しかし、予想以上に身体は疲れ切っており、お店を出ることを渋っている自分がいました。
三十三間堂を出たころ、もう満たされていた

午後のメインイベントは、三十三間堂。
120メートルもある長いお堂の中に、1001体もの等身大の千手観音立像が並ぶ光景は、まさに圧巻です。自分と家族に似た顔を探そうと、端から端までゆっくりと歩を進めました。
しかし、この「ゆっくり歩く」という動作が、疲弊した足には一番の酷使でした。
お堂を出る頃には、私の頭の中は「仏像の美しさ」と「座りたいという欲望」が激しく火花を散らし、「座りたいという欲望」が確実に勝っていました。
時計を見ると、予定していた東寺の拝観終了時間までは、まだ余裕があります。
「ここからバスに乗れば、東寺には行ける。五重塔を拝まなければ、この旅は完結しないのではないか?」
そんな強迫観念に近い思いが、私を突き動かそうとしました。
【決断】東寺を「捨て」お土産を選ぶ
京都タワーが遠くに見える交差点で、私は立ち止まりました。
東寺へ行くためのバス停へ向かうか、それとも京都駅へ向かうか。
その時、ふと自分の足元を見ました。
スニーカーの底を通して伝わるアスファルトの硬さ。
そして、頭をよぎったのは、家で待つ家族や友人、そして自分自身への「お土産」のことでした。
「もし今から東寺に行けば、滞在時間はわずか30分。その後は新幹線の時間に追われ、駅のお土産売り場を駆け足で回ることになる。そんな元気、ない」
答えは、すぐに出ました。
「東寺へ行くのを、やめよう」
その瞬間、不思議なほど心が軽くなりました。
義務感で名所を巡るよりも、今の自分に必要なのは「ゆとり」だと確信したのです。
京都駅という混雑の戦場、そして「自分を甘やかす」時間

京都駅に戻った私は、本来東寺で使うはずだったエネルギーのすべてを「お土産探し」に注ぎ込みました。
定番の八つ橋を家族や友人、職場の人たちへ買い込みレジに並ぶ。
しかしおみやげの重みもレジの行列も、今の私には苦ではありません。
なぜなら、その後に続く「東寺に行くのをやめた」からです。
おませな娘への胡粉ネイルや、職場へのばらまき用のお菓子、自分へのご褒美に少し高い宇治茶。
一つひとつ、贈る相手の顔を思い浮かべながらゆっくり選ぶ時間は、名所を巡るのとはまた違った「旅の醍醐味」でした。
京都駅のおみやげ屋さんを端から端まで巡回し、買い物袋が両手に増えていくたびに、旅の思い出が形になって積み重なっていくような充実感がありました。
最後には駅構内のそば屋で「ニシンそば」を夕飯としていただき、「あそこで、東寺に行くのをやめて良かったんだ」と心から思いました。
行かなかったことで、旅がやさしく終わった

今回の旅で学んだのは、「スケジュールをこなすことが、旅の成功ではない」ということ。
醍醐寺、東本願寺、三十三間堂。
旅の最終日、これだけの素晴らしい場所を巡ったのです。
それだけで十分に濃密な一日でした。
東寺を「諦めた」のではなく、あえて「行かないという贅沢」を選んだことで、私は最後の一刻まで京都を楽しむことができました。
もしあなたが京都旅行の最終日、疲れ果てて「もう一箇所行くべきか」と悩んでいるなら、私は伝えたい。
「思い切ってやめて、お土産を買いに行きませんか?」と。
東寺の五重塔は、また次の機会に、万全の体調で会いに行けばいい。
そう思える余裕こそが、大人の旅の楽しみ方なのかもしれません。
冬の鹿島神宮の魅力。参拝時に知っておきたいヒントを私の体験とともに綴ります。

京都は少し立ち止まるくらいが、ちょうどいい。

